音楽

ポールマッカートニー 幻の武道館公演

1966年6月30日、7月1日、7月2日

日本武道館にてザ・ビートルズの日本公演が行われました。

そして それから48年の歳月が経ち

昨日2014年5月21日、ポールマッカートニーの 

武道館コンサートが行われるはずでした。
 
武道館コンサートは、音響は悪いけれど

ビートルズファンにとっては聖地のような場所。

ポールにとっても、実現することのなかった

1975年、1980年以来のステージになるはずでした。

 

コンサートの告知は2014年5月10日の午前3時過ぎ。

寝耳に水とはまさにこの事。

チケットを求めて右往左往し、ようやく手にした武道館へのチケット。

あの時からまだ2週間あまりなのに、何年もすごく時間が経ったように思えます。

開催されることのなかった初の野外ライブ、そして48年ぶりの武道館..........

ポールが再来日し、

野外ライブをすると告知されてから2ヶ月間に起こった出来事が 

現実の出来事だったのか、はたまた夢の中の出来事だったのか

時々自分でもわからなくなる。 

ポールの体調を心配しながらも、いいようのない虚脱感に襲われています。

 
本当ならば公演があった昨日は長い1日でした。

窓にたたきつけるような雨はまるで

ポールやビートルズファンの涙のようでした。

 
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午後2時、ドキドキしながら会場の中に入っていく私。


武道館の独特の雰囲気を感慨深く味わっていた頃だろう。


午後3時半、30分遅れで始まった最初の曲はあの時と同じRock And Roll Music........

 
ジョンの真似してポールが肘でキーボードを弾いている......


第2部からは、ウィングスとして果たせなかった武道館のステージのリベンジだ。


ステージのライトが落とされ


美しいギターのアルペジオが始まる。


「スポーツアリーナのスタンドに座り ショーの始まりを待っている...」


Venus And Marsの曲と共に静かに始まったショウは


赤や青のスポットライトが交差する中、Rock Showへと続き


総立ちの観客を興奮の坩堝へといざなって行く.......
 
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48年前のビートルズ日本武道館公演のパンフレットとチケットのレプリカ。
 

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最終ページは前座で出た日本側の出演者の面々と

シャンプーのレトロな広告。



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ビートルズ来日記念特別号と銘打っての

ミュージックライフの増刊号 

 

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中が袋とじになっていて

1.プラカードの作り方

2.ビートルズとの英会話

3.ウィットに富んだヤジのとばし方

4.あなたを目立たせる演出法

5.どうしたらサインをもらえるか

6.ビートルズへのプレゼント

7.コンサートに持参するもの

8.コンサート前日の注意

など

ビートルズをキャッチするテクニックと表現が書かれています。

今見ると、笑ってしまうような内容だと思うが

実は、もったいなくてこの袋とじをあけて見た事はありません。
 

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こちらはビートルズが日本に降り立った1966年6月29日午前3時44分から

1966年7月3日午前10時44分の離陸までの密着100時間。

嵐のようにやって来て、嵐のように去っていったビートルズの

記録本です。


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今回のポールの武道館公演のチケットは

48年前のビートルズの日本武道館公演時のチケットの復刻版として

こんなデザインのピクチャーチケットが用意されていたらしい。

コンサートの前日の18時から、手持ちのチケット購入引き換え券から

この座席番号入りのメモリアルピクチャーチケットに交換されるはずでした。



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(※上がザ・ビートルズの武道館のチケットで

下が今回のポールマッカートニーの幻のチケット)





どんなに想像の翼を広げても、空しさだけが残される。

こんなに近くにポールがいるのに

こんなに遠くに感じる......

ポールの体調がどうか早く回復しますように。


getwell


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【追記】

ポール・マッカートニーのマネージメントより以下のステートメントが届きました。

『先週ウィルスによる炎症でツアーを中止せざるを得ませんでしたが
ポールは東京の病院で治療を受け
順調に回復しています。
あと数日、静養した後に完全に回復する見込みです。
ポールは、世界中のファンから寄せられたメッセージと励ましに
大変感激しています。
 』


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ポールの容態についての詳細がなかなかされないので

とってもやきもきしていましたが

どうやら回復に向かっているようで安心しました。

コンサートの中止は残念でしたが

ポールが元気ならそれでいい。

今後の日本公演は難しいかも知れませんが

来れないのであれば、こちらから観に行くという意気込みで

気持ちを切り替えて

来週から、またただの人形者に戻ります。



 
 

ポールマッカートニー 幻の国立競技場

本当ならば、今日のブログ更新で

昨日の国立競技場での歴史的なライブの感想を

熱く、熱く語ることになっていました......

まさか、こんなことになろうとは誰が予想していたでしょうか。

ポールマッカートニー 2014 国立競技場 日本初の野外ライブ

この2日間の顛末をメモ代わりに記録します。
 

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2013年の11月21日の東京ドーム。

日本初の国旗とイギリスの国旗を掲げながら「アリガトウ トウキョウ マタアイマショウ ゲンキデネ」

「See you next time」と締めくくった日本公演。

(その時の様子はこちらに記しています) 

もしかしたら、次のステージの実現も夢ではないかもと思ったあの日からたった数ヶ月後に

6年後のオリンピックを目指して解体される国立競技場の最終記念公演の来日が実現するなんて

夢にも思わなかった。

公演が発表されてすぐにチケットを手配したものの

あまりにあわてすぎて入力ミスしてしまい、家族3人分のチケットを申込めなかったので

結局初日(5月17日)のチケットは一度キャンセルし

翌日5月18日のチケットを取り直した。

速攻で申込めなかったせいで届いたチケットはアリーナではなかったが

それでもスタンド前段の1番前ということで

前回のドームでアリーナ席にもかかわらず、前方の人の背が高くて

星加ルミ子さん並の背丈しかない私はほとんど見えなかったので
 
それよりはいくらかはマシかも........と淡い期待をしていた。



5月16日(金)国立競技場の前日からそわそわして

誰か中の様子をツィートしてないかなとチェックしていると

競技場の近くの人から、今競技場の方から懐かしい曲が聞こえてきてるとツィート。

どうやら、明日の公演に向けて音響チェックが行われているらしい。

次々にツィートされる競技場でのレポートに

私の心臓は高鳴った。

ポールファンにとって、この時点での最大の関心はオープニングの曲。

ツィートしてくれる人の文面をくまなくチェックすると

『ペーパーバックライター』『クィニーアイ』などを演奏している様子。

音漏れとはいえ、通りすがりで演奏を聴けるだなんて、羨ましい!!



5月17日(土)国立競技場1日目

ポールは2日間ある東京公演を飽きさせない工夫をしていると言っていた。

ということは、前回同様

1日目と2日目に多少のセットリストを変えて演奏するかも知れない。

気になったので、やはり昼過ぎごろから1日目に行かれている人のツィートを

携帯でちょくちょくチェックしていた。



サウンドチェックを見ることの出来るVIPチケットを持ってる人は

いち早く会場に入れるので、その人のツィートを待っていたのだが......

サウンドチェックが一向に始まらない様子。

前回の時も少し開始が遅れたので、最初はそう気にならなかったけれど

誰かが、某掲示板で

みんな知らないの?ポールがホテルで大変なことになっている との書き込み。

一瞬『え?』って思ったけれど、

その後の続きがなかったから、ガセネタなのかなと思っているうちに

ホテルで待機していた人からのツィートで

サウンドチェックが始まっているであろう時間にもかかわらず

ポールがホテルから出てこないとの情報が.......

まさか....いや、ず〜っと若い頃にも

ジョージマーティンさんとの大事な約束の時に

他の3人はちゃんと集合していたのに

まだお風呂に入っていて大幅に遅刻したのは確かポールだったよねと

自分を納得させようとしているけれど、やはり胸騒ぎがしてならない.......

そうこうしているうちに、サウンドチェックに立ち会うはずだった人から

ポール急病で公演中止とのツィートが........

この時点でまだ公式サイトでも中止のお知らせは来てないし

もちろん、公演が中止になっただなんて夢にも思わない人達で

会場周辺は埋め尽くされているに違いない。

某掲示板にも、ツィッターにもどよめきが走る。

どうして?なぜ?

次々にツィートされる文面をチェックし続ける。

会場整理のバイトの人が拡声器で中止決定をお知らせし

ゲートには本日の公演中止決定の貼り紙が貼り出された模様。

開場時間を過ぎてからの中止の知らせに

開場を今か、今かと待ち望んで早くから並んで待っている方や

地方から来られた方達はどんなに驚き、落胆されていることだろう.......

まだこの時点ではポールの急病がどの程度のものなのかわかっていなかったが

その後、公式HP、及びラインで以下のお知らせがあった


日本のファンの皆さんへ 

日本のファンの皆さん、心からの温かい歓迎を本当にありがとう。 

残念ながら今夜の東京での公演を延期しなくてはならなくなりました。
金曜日(16日)にウイルス性炎症により体調を崩し、
今日のステージは無理だと医師に言われました。
僕もコンサートを楽しみにしていたので、
このようになってしまったことをファンの皆さまに大変申し訳なく思っています。 

現在は医師の指示の下、
明日の公演と残りの日本ツアーが予定通り行われるように全力を尽くしています。 
今夜の公演は月曜日(19日)に振り替えることができました。
ご都合が合わない方もいらっしゃるかと思いますが、 
是非とも皆さんにお会いできることを願っています。 

 LOVE, 

 Paul 


ウィルス性炎症というあいまいな表現で

実際それがインフルエンザなのか、急性腸炎なのか、はたまた喉の具合が悪いのか

全くわからず、私が行く明日の公演もどうなるのかとても心配だった。

公演をキャンセルするという決断はそう簡単にできるものではない。

キャンセルするからにはよっぽど体調が悪いに違いない。

こんな状態で明日の公演が出来るのだろうか.......

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5月18日(日)

心配で眠れない夜を過ごした翌朝は

雲ひとつない快晴。絶好の野外ライブ日和。

庭にはザ・マッカートニーという名のバラが咲いている。

でも心は全然晴れない.....

出発ギリギリまで公式HPや音楽事務所、ポールのラインのアカウントや、ツィッターをチェックするも

中止とも開催ともわからないまま、9時過ぎに家を出る

現地に着いたのがお昼前。

グッズ売り場の売店にはすでに長蛇の列。この炎天下に何時間も並ぶのは耐えられないので

早々とグッズ購入をあきらめて、日陰を探す。

私のチケットは千駄ヶ谷門から入場なので、そこへ移動。

この場所は他のゲートよりも日陰があって風通しもいいので

ここだったらなんとか3時半の開場まで我慢できそう。


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この時点でこのゲートで待っている人は私の家族の他、2〜3人のみ。

そのうち、バスドラの音が聴こえてきた。

ギターの音も風に乗って聴こえてくる。

サウンドチェックが始まったんだ。今日はできるんだ。私は確信した。この時は........

しかしその後、楽器の音がすることはなかった。



音がしなくなって、私はそこにいるのが飽きてしまったので

ポールの入り待ちの列に並んだ。

そろそろ来てもいい時間だ。
 
ポールの車は黒塗りのリンカーン。ナンバーも控えてある。

カメラを連写に切り替えてスタンバイをする。

沿道にはポールの入り待ちを待っている人、人、人......

黒の車が通るたびに、みんなカメラを構える。

でも......遅い....あまりにも遅い。

もうサウンドチェックが終っていてもいい時間なのに

まだポールが来ない。

嫌な予感をしてツィッターをチェック。

サウンドチェック組の人からのツィート。

昨日と全く同じパターンだと.......

あわてて、ホテル待機組のツィッターをチェック。

「ポールを乗せるであろう車が ペニンシュラホテルに横付けされているのに

肝心のポールがホテルから出てこない。」

「ポールを乗せるであろう車から、ポールのカールへフナーのベースが

車から降ろされた」

これは何を意味するのか、私にはすぐにわかった。

今日も中止だ。

私は入り待ちの列を離れて、ゲートで待機している主人に知らせた。

公演は中止になったと.......

この時、ゲートでは開門するためにスタッフが、

これから開門しますが、危ないですので線のところまでお下がりくださいと

拡声器で案内していた。

開門って?公演は中止なのに、なぜ中に人を入れるのか不思議だった。

しばらくして開門。

たくさんの人が競技場へと整列しながら入っていく。

その人達をゲートの外で見送る私たち。

中に入って行ったって開催されないのに。

教えてあげたいけれど、正式な発表がまだだから

うかつには口にできない。

中に入ってから中止のお知らせを聞いて

たくさんの人が出口に殺到するのも嫌なので、私たちは公式の案内を聞く前に駅に向かい始めた。

この時、サウンドチェック組の人からのツィートで

「今日も公演中止」との知らせが入った。

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駅の前では、今日の公演のチケット余ってませんか?と人が立っている。

これから会場へ向かうポールのTシャツを着たたくさんの人達とすれ違う。

この人達はまだ中止になったことを知らないんだ。

私はやりきれない気持ちでいっぱいだった。

千駄ヶ谷駅の改札を抜けてホームに立ったころ、

JR駅員が『今日のポールマッカートニーの公演は中止になりました』と

アナウンスがあった。
 

たった今、電車から降りてきたたくさんの人達から

『え〜〜〜』『本当?』と悲鳴に近い声が聴こえる。

でも、昨日のこともあって覚悟して来ているのか

誰も中止に対して怒ったり、文句を言ったりしている人は

私の周りでは見られなかった。 

それどころか中止のアナウンスを聞いたにもかかわらず 

ホームで引き返す人は一人もいず、

その事実を自分の目で確かめたいのか

みんな改札を出て、競技場へと向かって行った。ファン心理なんだろうな。

でもなんで中止の第一報が駅員さんなんだろう。
 
会場ではまだ中止だと気がついていない人もいるはず。

正式な発表は4時15分すぎ。開演1時間15分前だったそうだ。

主催者側の対応の遅さに腹が立った。

国立競技場の開場少し前に、消防車が来ていた。

昨日もこのタイミングで来ていたらしい。

もしかしたら、花火の打ち上げでもあったのかなぁ。

見たかったなぁ....... 



ポールの病名が詳しく発表されていないので

今どんな状態なのかわからないけれど

仮に急性腸炎であれば、私も経験したことがあるけれど

死んだ方がマシと思えるくらい辛いものだ。

私の友人も去年、旅先で急性腸炎になって

ホテルから救急車で運ばれた。

2〜3日で治るような軽いものではない。

急性喉頭炎や声帯炎であれば、1週間は声が出なくなってしまう。

ポールの年齢のことを考えると、不安はつきない。


21日は武道館でのコンサート。

ビートルズとしての公演以来

実に48年ぶりの武道館のステージとなる。 

開催できるかどうか、現時点でまだわからない。

チケットは確保しているから、とりあえず武道館に行ってみるけれど

ファンの心理としては、ここで無理をして欲しくない。

このまま全アジアツアーをキャンセルして一度母国に戻り

コンサートツアーで疲労の溜まった身体を癒して

また来年にでも元気に復活してもらいたいと思っている。


 

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最後に、ポールの情報を流してくださった

SC参加組の皆様、ホテル待機組の皆様、どうもありがとうございました。



Dear Paul,
We all worrying about you.
Don't overstrain yourself. Take your time.
We all hope you feel better soon.

 Lots of Love,

追記

ポールマッカートニーの
<アウト・ゼアー ジャパン・ツアー2014 >全公演中止が決定しました。

以下主催者発表より

5月17日(土)、18日(日)の国立競技場公演を延期しておりました
ポール・マッカートニー OUT THERE JAPAN TOUR 2014 のコンサートですが、
ポール・マッカートニー本人の体調の回復を待ったものの、
十分な演奏を行うまでに回復しないという事情で、
5月21日(水)日本武道館公演、
及び5月24日(土)ヤンマースタジアム長居公演も含めた
全ての公演を、正式に中止とさせていただきますことをご報告致します。
 
公演を楽しみにされていたファンの皆様、関係各位には、
ご期待に添えない結果となり深くお詫び申し上げます。

5月17日(土)の公演延期の際に皆様にご報告させていただいた
「ウイルス性炎症」による体調不良が回復せず、
昨日19日(月)、引き続き静養に専念すべきとの医師の診断の結果を受けました。
これを受けて、
アーティスト側、招聘元および日本公演主催各社で協議を重ね、
ここで無理をしてステージに立つよりも、
ポール・マッカートニー本人の完全な体調回復を最優先すべきと判断し、
非常に残念ながら、
ポール・マッカートニー OUT THERE JAPAN TOUR 2014 の全公演を
中止とさせていただく事を決定致しました。

何卒、皆様のご理解を賜わりますよう宜しくお願い申し上げます。

今回のツアーに関しましては、
度重なる延期決定に加え、
結果として全公演中止という事態となり、
皆様には大変ご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます。
今後は、ポール・マッカートニー本人も希望している
早期再来日公演の実現に向けてアーティスト側と協議してまいります。
 


<ポール・マッカートニー マネージメント広報より>
誠に不本意ながら、
ポール・マッカートニーは5月21日の日本武道館公演並びに
5月24日のヤンマースタジアム長居公演を中止させていただきます。
ポールの体調は今もって回復しておらず、
やむをえず今後の公演を中止せざるをえなくなりました。
早期の回復を目指していましたが、
医師の判断により、引き続き静養に専念するように命じられました。
彼は日本のファンの皆さんからのメッセージに感動しており、
今回日本のステージに立てなかったことを非常に残念に思っております。
なるべく早い段階で再来日できるよう、日程の調整に全力を尽くしています。

<ポール・マッカートニーより>
昨年11月、ここ日本で素晴らしい時を過ごして以来、
また演奏できることをとても楽しみにしていました。
国立競技場に続いて、今後の公演も中止することは、
僕にとっても非常に残念です。
日本のファンの皆さんからの愛、励ましのメッセージと理解に感謝しています。
みなさんにまた近いうちに会えることを信じています。

愛を込めて




次の来日がどうだとか、振替コンサートはいつだとか

そんなことはどうでもいいから、

とにかくポールを休ませてあげて欲しいです。

みんな、無期限でポールが元気に歌う姿を見るのを待っています。



もぎ取られることのなかったチケットを見るだけで

涙が出て来る........

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ポールマッカートニー Out There Japan Tour





2013年11月11日の大阪公演を皮切りに
 
福岡、東京と3都市を巡って開催されていた
 
ポールマッカートニーのOut There Japan Tourが
 
11月21日、いよいよ東京ドームの公演でファイナルを迎えました。

1990年のGet Back Tour in Japanの時は一人で....

1993年のThe New World Tour の時は主人と一緒に....

2002年のDriving Japan Tour の時は主人と中学生になった息子と一緒に....

そしてその息子もポールと同じベースを弾くようになって

今回も主人と息子と一緒に行きました。

中学生の頃に出会ってから、私の人生はいつもビートルズと一緒。

お気に入りのジョージのサインを何度も何度も紙に書いて真似していたら

いつものくせで英語の中間試験の記名欄に

George Harrisonってサインをしちゃって

後で先生にこっぴどく叱られたり......


4人のヘアースタイルに憧れて、

腰まであった長い髪をばっさり切ってマッシュルームカットにしたのに

男の子たちからはヘルメットかぶってるみたいだって冷やかされたり.....


ヤァ!ヤァ!ヤァ!のリバイバル映画上映の時は

学校の夏期講習をこっそり抜け出して観に行ったり.....


卒業アルバムの将来の夢という欄には

いつかビートルズと共演することと書いた私。


その夢は実現することはなかったけれど

いつも、どんな時でも心の中にはビートルズがいました。


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前回の2002年の公演の時はこれで見納めかなと思っていたけれど
 
またポールのナマ演奏が聴けるなんて思っても見なかった......
 


今回、最終日の東京公演に行ってきたので

その様子を忘れないうちにレポートしたいと書き綴っていますが

あの素晴らしい夜のことを思い出すと興奮してボルテージが上がってしまい

なかなか自分を押さえることができません。

実際、今このレポートを38度の高熱の中、

休み休みしながら書いてます。

さて、あの夜の興奮と熱狂を上手く伝えることができるでしょうか。

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2013年ポールマッカートニー Out There Japan Tour

東京公演 2013年11月21日(最終日)





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当日のセットアップ

Eight Days a Week
Save Us
All My Loving
Listen to What the Man Said 
Let Me Roll It 
Paperback Writer
My Valentine
Nineteen Hundred and Eighty-Five
The Long and Winding Road
Maybe I'm Amazed
I've Just Seen a Face 
We Can Work It Out
Another Day
And I Love Her
Blackbird
Here Today
New
Queenie Eye 
Lady Madonna
All Together Now
Lovely Rita
Everybody Out There
Eleanor Rigby
Being for the Benefit of Mr. Kite!
Something
Ob-La-Di, Ob-La-Da
Band on the Run
Back in the U.S.S.R.
Let It Be
Live and Let Die
Hey Jude

1回目のアンコール
Day Tripper
Hi, Hi, Hi

2回目のアンコール
 
Yesterday
Helter Skelter
Golden Slumbers 〜Carry That Weight 〜 The End


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ドーム周辺ではポールマッカートニーアウトゼアジャパンツアーの

宣伝用トラックが行き交う中、

サウンドチェックが長引いたせいか少々遅れての開場、開演となりました。

前回の最終日、会場でプログラムが売り切れになってしまったので

今回は早めに会場入りして早々とプログラムをゲット。

公式グッズ売り場は長蛇の列。

並ぶつもりでいましたが同行していた家族からのブーイングであきらめて

早めの夕食をとり、開演を今か今かと待ちました。 

ファンクラブの先行販売でアリーナ席を確保でき、

前回の時のアリーナ席よりも前方だったので

始まる前はやや期待していたのですが、

観客が総立ちになってしまうと背の低い私は

全然ステージが見えなくて大型スクリーンでしか見えない......(><)

それでも私のまわりの観客は年配者が多くて

疲れたのか後半になってくるとビートルズ以外の曲は

着席するようになったので(笑)

なんとかポールの姿を目視することができました。

今回のバンドメンバーも前回の来日ツアーのメンバーと同じ。

ポールはライブでもほぼレコードと同じようなアレンジで演奏してくれるので

安心して聴いていられます。



以下個人的なひとりごとです。

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えんじ色のジャケットに黒のズボン姿。

見慣れたカールへフナーのバイオリンベースを手にし、

1965年ビートルズの『For Sale』のアルバムより大ヒットした

Eight Days a Weekでスタートしたステージ。

往年のビートルズのヒット曲に手拍子を取り歓声があがる。

でも、私のブースの周りの観客、

にわかフアンが多かったのだろうか.......

1ビートごとに手拍子を取らないで欲しい。

あの曲はアフタービートで、しかも

Hold meのところで、チャ・チャ!

Love meでチャ・チャ!と合いの手のクラップが入るのに

おかまいなく1ビートごとに手拍子に閉口。

あまりのダサいノリにいてもたってもいられなくて

せめて私だけでも.....と頭の上で大きなジェスチャーで周りの人を誘導したら

2コーラスめには私に合せてくれた(><)

もともとこの曲はリンゴが『1週間に8日も仕事だなんて..』と言ったことがきっかけで

書いた曲だそうだが、

この1週間に○日というフレーズは中学の頃、

英作文のテストでお馴染みのフレーズだ。



続いて、新しいアルバムから

『NEW』よりノリのいいSave Us(2013年)。

『タダイマ』と日本語で話すポールに

『お帰り!』と観客が応える。

会場に入場の際の持ち物検査の時に

係員からスマホでの撮影は フラッシュをたかなければOKと

言われてビックリ!

思わず2度聴きしてしまった。

そういえば以前TVでポールの外国でのコンサート風景が流れた時

観客がその様子をデジカメで撮影していた場面を目にしたことがあったので

お国柄によって規制も違うんだなって思っていたけれど

まさか日本でも撮影許可を出すなんてさすがポールだ。

でも携帯でカメラなんてあまり撮ったことがなかったので

撮り方がわからず四苦八苦......

さらに、音楽のビートに合せて踊りながらシャッターを押すなんて

到底無理。

何度か静止してシャッターを切ったが、身体が勝手に音楽に反応してしまって

焦点が定まらない......


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ビートルズ時代の曲やウィングス時代の曲、そしてソロになってからの曲...と

その都度ギターを変えながら

片言の日本語でユーモラスに曲を紹介するポール。

最終日とあって、出だしの何曲かは少し声が荒れているようにも思えたが

後半になって声もスムーズに、よりパワウルになってきたように感じる。



続いて3曲めはビートルズのアルバム『WithThe Beatles』より

All My Loving(1964年)

「コンバンワ ニホンゴ  ガンバリマス

デモ エイゴノホウガ トクイデス」と

茶目っ気たっぷりのポール。


リズムギターの3連符にポールのランニングベースが心地よい。

ポールの隣にはジョージ、その向こう側にはジョンの姿を思い浮かべて

ジョージのコーラスのパートを一緒に口ずさんだ。



4曲目はウィングス時代のアルバム『Venus&Mars』より大ヒットした

Listen to What the Man Said(1975年)

邦題の「あの娘におせっかい」という粋なタイトルは

誰がつけたのだろうか。

この曲がヒットした当時はリアルタイムでポールの活躍を知っているので

感慨深いものがあった。
 
東京公演2日目はここで JETを演奏したそうだ。

 JETを聴けなかったのは残念だったけれど

前回の公演の時には十分堪能できたし

Listen to What the Man Saidも大好きな曲だったので

これはこれで良かったかな。(ちょっと負け惜しみに聞こえるけれど....)


前回の公演よりもだいぶ日本語のボキャブリーが増えて(カンペを見てたけど)

また、日本語のつっこみどころや間の取り方も勉強したポール。

4曲目が終ると、着ていたえんじ色のジャケットを脱いで

観客に向かってジャケットの派手な裏地(青地に模様入り)を

闘牛士のようなジェスチャーでおどけてながら見せていた。



5曲目は派手なギブソンのレスポールギターに持ち替えて
 
ウィングス時代の『Band on the run』よりLet Me Roll It(1973年)

ブルース調の渋い曲でジミーヘンドリックスに捧ぐと言って演奏していた。

若い頃はこのシンプルで渋すぎるこの曲調が苦手で

この曲だけレコードを飛ばして聴いていたが(><)

ベースラインとツィンギターとドラムの絡みがクセになって

今ではポールの曲の中でも大好きな曲のひとつだ。

このLet me Roll it の文型は

Let +O+動詞の原形で、Oに~させるという文型。

英語の勉強時に良くお世話になった。

そもそもビートルズの曲を全部暗記して歌えたら

特別な英語の勉強なんて必要ない。
 
英作文などは歌詞の一部を取り替えただけで

ジグゾーパズルを組み立てているようなゲーム感覚で簡単に作ることができるのだから。



6曲目はビートルズの1966年のヒット曲Paperback Writer(1966年)

ギターをエピフォンカジノに持ち替えての演奏。

初めての日本公演の時に新曲だと紹介されて演奏した曲だ。

イントロの歌い出しのPaperback Writer〜Writer〜Writer〜のハーモニーで

思わず、ジョンとジョージを思い出し

ジョンのコーラスパートをハモりながらポールと一緒に歌った。 

 
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 7曲目はピアノの前に座り

2012年のアルバム『Kisses On The Bottom』よりMy Valentineを演奏。

新妻のナンシー・シェベルに捧げた曲と言われている。

静まり返った会場に美しいメロディーが心に響く。

挙式は2011年の10月9日。ジョンの誕生日。

どんな想いを巡らしてその日を挙式に選んだのだろうか。




8曲目はNineteen Hundred and Eighty-Five

1973年ウィングス時代のアルバム『Band On The Run』から。

小刻みでリズミカルなピアノプレイが心地よい。



そしてピアノに座ったまま9曲目は

ビートルズのアルバム「Let It BE」より

The Long and Winding Road(1970年)

ライブでこの曲のオーケストラパートを再現できるなんて

楽器(特にキーボード)の進化には驚かされる。

この曲が出来た当時はオーケーストラではなくもっとシンプルなアレンジでと

激しく主張したポール。

結局はポールの意見は通らなくて

他の3人のメンバーと対立し、解散の原因のひとつとなった曲だと言われている。

でもライブではシンセを駆使して

アルバムと同じような

フィルスペクターバージョンで演奏してくれていて

私が言うのも何なのだが、ポールも大人になったなって思った。




続いて10曲目は『リンダ ノ タメ 二 カキマシタ』と紹介した

アルバム『MacCartney』よりMaybe I'm Amazed(1970年)

『カ・キ・マ・シ・タ』と2度強調して言ってた。

ビートルズの崩壊の危機に直面し

孤独になっていたポールを陰で支えてくれたリンダへの思いが綴られている曲で

リンダが亡くなった今でも、例え再婚しても

まだポールの心の中にはリンダが生きていて支えているんだなって

しみじみ感じた。



11曲目はマーチンのアコギに持ち替えて

ビートルズのアルバム「4人はアイドル」よりI've Just Seen a Face(1965年)

当時、ビートルズにしては珍しいカントリーフォーク調の曲で

アコースティックギターの音色が美しいシンプルな曲だ。

19日の東京公演ではこの曲に代わってThings We Said Todayが演奏された模様。



12曲目はWe Can Work It Out(1965年)

この曲はシングルカットされた曲でビートルズ初の両面A面として話題になった。

ちなみに片面はDay Tripper.

途中でリズムが3拍子になるところがあるのだが

私の周りの観客はかまわず2拍子でクラップし続けてイラっとした。(><)



13曲目はギブソンの12弦アコースティックギターに持ち替えて

1971年にシングルカットされたAnother Day(1971年)



14曲目にはマーチンのアコースティックギターに持ち替えて

ビートルズのアルバム「A Hard Day's Night」よりAnd I Love Her(1964年)

アコースティックギターの醸し出す美しいアルペジオと

ポールの甘い声に酔いしれた。




15曲目はビートルズ「White Album」より

大好きな曲、Black Bird(1968年)

バックスクリーンには1本の大きな木を照らす月が

幻想的に照らされているシーンが映し出されていた。




そして16曲目にはジョンに捧げた曲Here Today

1982年のアルバム「Tug Of War」からの1曲

次の曲はジョンのためです。ジョンに拍手を!と曲を紹介。

ジョンが亡くなって2年経ってからようやく

気持ちが整理できたのだろうか。

And if I say I really knew you well, 

What would your answer be? 

If you were here today. 

Uh, uh, uh, here today. 


もしボクが君のことを良く知ってるって言ったら

君は何て答えるだろう

もし今 君がここにいたなら

今ここに.....


ポールの気持ちがせつなくて涙が止まらなかった。



17曲目はダッドリー・エドワーズがペイントした

サイケデリックなマジックピアノの前に座って

最新アルバム「NEW」よりNEW(2013年)

ビートルズ時代のGot to Get You Into My Lifeを彷彿するようなメロディーとビートが

とても心地よく心に響く

このあたりからビートルズ時代の曲しか興味のない中高年の輩は

あからさまに着席。

この曲の歌詞の意味を知っているなら

そんな着席などできるはずもないのにね.....



続いて18曲目も同じく最新アルバム「NEW」よりQueenie Eye(2013年)

この曲、とってもノリが良すぎて

歌詞をリズムカルにメロディーに乗せて歌うのが結構難しい。

でもちゃんと予習してきたからポールと一緒に歌えた。

後半から観客もOUTのところで少し遠慮気味ながら

一緒にシャウトできるようになってきた。

日本人ってやっぱり控えめ?

せっかくコンサートに来たんだから楽しもうよ。

外国のコンサートだったら観客も一体化して

もっと盛り上がれるのになぁ......

 

19曲目はLady Madonna(1968年)

聞き慣れた曲がようやく登場とあって、座っていた中高年の観客も

ティーンエイジャーに戻ってノリノリだ。

ポールのボーカルに合せて

ジョージのコーラスパートを歌った。



ここでマーチンのアコギに持ち替えて

次の曲は「Yellow Submrine」からとポール。

何の曲をやってくれるのかなと思っていると

20曲目はAll Togethrer Now(1968年)

大型スクリーンには曲にあわせて可愛らしい謎の物体が飛び跳ねている。

私もそれに合せて飛び跳ねた。

(飛び跳ねなければポールが見えなかった)

まさにエンターテインメントの曲らしいAll Togethrer Nowの演出だった。




21曲目にはギブソンの12弦に持ち替えて『Sgt.Pepper's....』からとポール。

前回の公演の時はShe's Leaving Homeを演奏したが

今回はLovely Rita(1967年)

この曲はポールは駐車違反で捕まった時に

その切符を切った婦人警官の名前がRitaだったことから作られた曲。

私の名前はRikaなので

中学の頃、よくこの曲をLovely Rikaと歌っていた思い出深い曲だ。

Lovely Ritaはエンディング部分にふざけたジョンの掛け声が収録されているが

ライブでもちゃんと再現されていた。

こういうところはビートルズファンにとってはとても嬉しいことだ。



22曲目はEverybody Out There(2013年)

最新アルバム「NEW」からの1曲。

一緒にHEY!とOh  Oh  Oh Ohをシャウトした。 

DSC_0119

23曲目はビートルズのアルバム「Revolver」よりEleanor Rigby(1965年)

ポールはマーチンのアコギに持ち替えて歌う。

ウィックスのキーボードに鳥肌。

まさにキーボードの魔術師だ。



コンサートもいよいよ大詰め

次の曲(24曲目)も『Sgt.Pepper's....』からなんと

Being for the Benefit Of Mr. Kite!(1967年)

ポールはカールへフナーに持ち変える。

Sgt.Pepper'sのアルバムの中でもこの曲は特に

テープを逆回転させてみたり、カットしてみたり...と

サーカス団が醸し出す怪し気な雰囲気を

いろいろ試行錯誤しながら作った特殊な音響効果が

ふんだんに使われている曲なので

まさか生ライブでこの曲が聴けるなんて感激もひとしおだ。

あんなに苦労して作った音源も

数台のシンセで見事に再現できるほど

昨今のシンセサイザーの進歩は目覚ましいものがある。

ドームの天井には赤や緑のレーザー光線で幾何学的な模様が映し出されていた。



25曲目になると、ウクレレを手にするポール。

このウクレレはジョージからもらったギブソンテナー。

ジョージへのトリビュートとして
Something(1969年)

を演奏するときは

いつもこの楽器を使うポール。

大型スクリーンには、ポールとジョージの珍しい2ショット写真が映し出されたが

涙でかすんでスクリーンがよく見えない..............

前回の時、ポールはウクレレ1本でさりげなく演奏していたが

今回は途中からベース、ギター、ドラム、キーボードもかぶさってきて

レコードの雰囲気を再現していた。

間奏のラスティーアンダーソンのリードギターを聴きながら

これがジョージだったらなぁ....ってつい思ってしまった。ごめんなさい。

でもラスティーというギタリストはちゃんと自分の与えられた役目を知っている。

たぶんジョージよりももっと上手く弾けるに違いないが

出しゃばらず、控えめで、ここぞという時に本領を発揮する。

きっといい人に違いない。



会場がしんみりとした中で、ポールがへフナーベースに持ち替えて

一緒に歌おうよと言って演奏した曲が

26曲目、「WhiteAlbum」より
Ob-La-Di, Ob-La-Da(1968年)

会場が一体となってOb-La-Di, Ob-La-Daとコーラスをした。




27曲目はウィングス時代の
Band on the Run(1973年)

あの時一緒にプレイしたジミーマックロウがもういないのは淋しい。



28曲目はキーンという飛行機の轟音と共に始まった

1968年の「White Album」からの曲
Back in the U.S.S.R.

ohh~ohh ohh ohh~と口ずさんだ


29曲目 おもむろにピアノの前にすわって聞き慣れたイントロを弾き始める。

Let It Be(1970年)だ。

映画Let It Beのシーンを思い出す。

何十回も、何百回聴いてもこの曲は聴くごとに深い感銘を与えてくれる。

大型スクリーンには幾千もの光の灯籠のようなものが空に上って行く様子が

映し出される。

ポールの前から姿を消してしまった3人の盟友への祈りのようなものを感じた。



30曲目はお待ちかね

1973年にシングルカットされた
Live and Let Die

映画”007死ぬのは奴らだ”のテーマ曲だ。

個人的に映画俳優ばりのポールのこのシングルジャケットがお気に入り。

大掛かりな爆発シーンは何度見てもすかっとする。

最後にはお決まりのラスティーアンダーソンが銃弾に倒れるシーンで終る。

あまりの火薬のすごさに、ポールが両耳をふさいで、片言の日本語で

『スゴイネ~ ダイジョウブ?』

『ミミ ガ ナニ モ キコエナクナッタ』と連発。笑いを誘う。



31曲目はマジックピアノの前にすわって

1968年にシングルカットされた、ラストの曲
Hey Jude

Nah Nah Nah ~のコーラスのところは前回よりも流暢な日本語で

『ダンセイダケ~』

『ツギハ ジョセイダケ~』と観客を仕切って

最後には大合唱となって幕を閉じた。


 
バンドメンバー5人と手をつなぎ万歳し

一旦は舞台袖に退くも

へフナーベースを持ってアンコールに再び登場。

まず、ビートルズの東京公演の時にも演奏した
Day Tripper(1965年)



2曲目にウィングス時代にシングルカットされた
Hi Hi Hi(1972年)

大型スクリーンにラスティのギター姿が映し出されると

やっぱりジミーマックロウが恋しくてたまらない。


そして3曲目には
Get Back(1969年)が演奏された。

寒空の下、アップルの屋上の演奏シーンを思い出した。



東京公演2日目はここでI Saw her standing thereが演奏された模様。

I Saw +O+同名詞ingの文型もよく英語のテストでお世話になった。


また一旦舞台袖に引っ込むもエピフォンのアコギを持って、

『モット キキタイ?』と再々登場。




2度目のアンコールは1965年のアルバム『4人はアイドル』より
Yesterdayで始まった。

最終日のサプライズとして、事前に観客に赤のサイリウムが配られ

Yesterdayの曲の演奏中にみんなでサイリウムを掲げようという企画が用意されていた。

アンコールに舞台袖からかけ上ってきたポール。

会場が赤のライト一色に染まるのを見て

一瞬立ち止まってびっくりしたような表情を見せていた。

この曲は長い間、自分の元から去っていってしまった彼女を想う曲だと考えられていたが

後のインタビューで、この曲は14歳の時に乳がんで亡くなった母親への想いを

綴った曲だと気がついたと言っていた。






そして続いては1968年の「White Album 」よりHelter Skelter

最初白っぽいカールへフナーを裏側にして持っていたので

あれ?あの楽器は?と思ったら

なんとユニオンジャックでペイントされた特別仕様のカールへフナー。

去年のエリザベス女王の

即位50周年コンサート『Jubilee Concert 』の時に使われたものだ。

もう観客は興奮の坩堝と化している。

この曲はヘビメタの走りだと言われているが

レコードの最後の方でリンゴが"I've got blisters on my fingers."と叫んでいるけど

(ドラムが激しすぎて手に火ぶくれが出来ちゃった!)

体格の良いエイブならそんな心配はいらなそうだ。




そしてピアノの前に座るポールがGolden Slumbersのイントロを弾き始めると

あ〜....と会場からはいよいよこれが本当のラストなんだなとため息と納得の声が聞こえる。

なぜならばこの曲は
The Endに繋がっているのだから....

ポールの歌声を1フレーズも聴き逃さないように

一言、一言をかみしめながら聴き入る。

2度目のアンコール3曲目 (トータル37曲目)は

Golden Slumbers〜Carry That Weight~The End(1969年)

ジョン&ポール&ジョージ&リンゴのソロの見せ所も

ブライアン&ラスティのギター&ポールのベースの掛け合わせとエイブの力強いドラムで

見事に再現されていた。


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そして日本の国旗とイギリスの国旗を掲げながら

「アリガトウ トウキョウ マタアイマショウ ゲンキデネ」

「See you next time 」と

グリーンと赤の紙吹雪の嵐の舞う中

言って手を降りながらステージから去って行ったポール。


前回のライブの最終日には

観客の何人かをステージに上げ、

へフナーを渡して一緒にCan't Buy  Me Loveを演奏していた。

今年もまたそんなチャンスがあるかも知れないと

人知れずベースを練習していたけれど

今回は残念ながらそういうサプライズはなかったが

私はライブが終ってもしばらく放心状態だった。



今年71歳の誕生日を迎えたポールだが

10日間、3都市、全6公演の日本ツアーをパワフルにやり遂げた。

もしかしたらこの次のステージの実現も夢ではないかも知れない。

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